運命の三女神についての薀蓄

大学時代、西洋文学の研究をしていた主人の薀蓄です。
眠れる森の美女(いばら姫)はお姫様が糸車の針に手をさして眠りにつきますが、なぜ糸車なんだろうと思いませんか?


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昔のヨーロッパの考え方に「運命の三女神」というものがあって、一人が糸を紡いで、一人が長さを図って、一人がその糸を切る……これは人間の寿命を決めているそうです。

モイラ(Wikipedia)

だから針・糸・糸紡ぎ(回すもの)は死を暗示するものだそうで、物語の中でそれらが出た時は運命の転換が起こる前兆ということが多いそうです。
つまり眠れる森の美女のお姫様は、糸車(=死を暗示するもの)に手をさした時点で、実は死んでいるということになるそうです。

昔の人は、死や災難といった逃れられない運命をどうやって乗り越えるかについて考えました。
まぁ現実にはどうしようもないので、要は昔の人は「こうすれば乗り越えられるんじゃね?」という考えを、神話とか民話とか、お話の中に書き残したらしいです。
それはどういうものかというと、「運命から逃れるには、一回死んで生き返るしかない」。
昔のヨーロッパの人はそういう風に考えたそうです。そういう文化だったとも言えます。

これはエジプトのミイラの文化とかとも通ずるんだそうです。あれも死後の世界から生き返るというものなので。
文化とは、人間が生とか死とかにどう向き合ってきたかというもののあらわれなんだそうです、主人曰く。

さて、そういう昔の人が考えたお話というのは、断片的だったり形が変わったりして、いろんなお話に受け継がれているそうです。
キリスト教が出てきたときにいろんな神話などが消えかけたけど、「いやこれは無くしちゃだめだろう」と思った人が、民話にしたりして後世に残していったんだそうな。

眠れる森の美女もそういうものがあらわれたお話で、先ほどの糸車も背景にあるのは「運命の三女神」であると考えられるし、他にも例えば尖ったものは死後の世界をあらわすそうで、お姫様が眠りについた後お城はいばらに囲まれますが、いばらに囲まれている=死んでいる世界ということらしいです。
つまりあのお話は、「本来だったら死んでいるんだけど、眠ったことにして、運命を欺こう(一回死んで生き返ろう)」というカラクリのお話なんだそうです。

ちなみに、同じように七匹のこやぎはクロノスの話からきているんじゃないかというのが主人の説。

クロノス(Wikipedia)

実は日本神話にもそういう風に昔の西洋のお話が取り入れられていると考えられる部分があって、例えばスサノオが機織り娘に馬を投げつけてアマテラスがヒッキーする話、「なんで馬?」と思いますが、あれはハデスとペルセポネとデメテルの話からきてるという説があるらしいです。

デーメーテール(Wikipedia)

まぁ、残るものは後世にちゃんと残るということですね。
そういった先人の残したものを知っている作家さんとかは、自分の作るお話にも取り入れていたりしているみたいです。
車輪などの回るものが出てきた後にお話が急展開したり。
そういった着眼点で本や映画を見ると、新しい発見があるかもしれません。


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