輪るピングドラム考察

輪るピングドラムのアニメを観終わったので、
考察(というより薀蓄)を垂れ流します。

お読みになる際は、「こういう考えの人もいるんだな」というスタンスで読んでください。
こういう考察系のお話は観た人がそれぞれ何を感じたか・何を考えたかが重要であって、
正解がどうかとかは実はそんなに重要なことではないんじゃないかなあと思います。

あと、ネタバレ注意&自己責任で閲覧をお願いします。


はじめに必ずこちらをお読みください。
転載禁止!!

主人曰く、あのお話はかなり西洋文学の要素を取り入れてるらしいです。
中でも、「2」と「3」がお話のキーワードらしい。
気がついた方も多いかと思いますが、あのお話は、あちこちに「2」と「3」が出てきます。

そして、みんな「3」になりたいんだけど、どうしても「3」になれない。

一番分かりやすいのは、「トリプルH」になれなかった「ダブルH」。
苹果ちゃんの目的の「プロジェクト・マタニティ」は、「多蕗と2人になりたい」ではなく、子どもを作っていきなり「3」になりたいというものだが、結局未遂に終わってしまう。
ほかにもいろんなところで「2」と「3」が出てきていたと思います。

西洋では「3」は完全な数字、という考えがあるそうです。
キリスト教では「父と子と聖霊の名において」と、3つ言います。※
「3」の世界はこの世とは別の、“完全なる世界”とか“イデアの世界”とか“魔法の世界”みたいなものを指すそうです。
(昔の西洋のお話には杖をつく=3本足=魔法使い、という考えもあるのですが、その辺のお話はまた別の機会に)
分かりやすい例だと、カメラなどを乗せる三脚がなぜ3本足なのかは、それが一番安定するからで、2本だとそもそも立たないし、4本だとでこぼこのところに置いたときに3本よりかえってがたがたしてしまう。
そんな風に、「3ってスゴイ」というような感覚が昔から感じられてきたのではないかと思われます。

そして「3」は「完全」なんだけど、逆に「2」は「不完全」を表すそうです。
「2」の世界……それは我々の住む、この世界を指します。
肉体と精神、男と女、右と左、善と悪、光と影、などなど。この世は不完全な「2」なのです。
そして人間が人間である以上、どうしても「3」にはなれない。どうしようもなく「2」、なんだそうです。
要はこの世の中は理不尽でやりきれない世の中だけど、それは不完全な「2」の世界であるからなんだという考え方ですね。

※補足。「1=3」だそうです。神様は「1」という存在(三位一体)。ところが人間がつくられるときに、「2」という神様の劣化コピーになってしまったんだそう。

輪るピングドラムの話に戻ると、あのお話は「2」の世界でつらい目にあっている子が「3」を手に入れて救われようとしているお話なんじゃないかなと。でもみんな人間である以上、どうしても「2」になってしまう。

話はちょっとずれますが、このアニメには前回書いた「運命の三女神」の要素もちりばめられていますね。
話が急展開するときには車輪のようなものが回ったり、糸や針にあたるものが出てきたり。
印象的なのは換気扇でしょうか。
あと、陽毬ちゃんのお部屋にさりげなくミシンが置いてありましたね。さりげなくというか、意識して見ると結構わざとらしかったような気もしますが。

話を戻すと、「2」の世界は、光があれば影ができます。選ばれる者と選ばれない者がいます。こちらを立てればあちらが立たないし、誰かが得をすると別の誰かが何かを失う世界です。
うばいあうことでしかこの世界は成り立たないのだろうか? この世界の住人である我々はどうすればいいんだろうか?
輪るピングドラムは、それに対する答えを表したひとつのお話なのではないでしょうか。
うばいあいの世界から、違う何かを土台とした世界へ。

ただのアニメの一作品では終わらせない、現実に何かを残す良作だと思います。


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