グリム版シンデレラについての考察

主人の恩師の方は、グリム童話の研究をしていたそうです。
グリム童話の考察というと残酷な面ばかり強調されているような気がしますが、そうではなく、時代背景等から、「このキーワードはこれを表している」「この場面はこれを表している」のように、表向きのお話に隠された“裏のお話”を読み解く、とでもいいましょうか、そういった視点で研究をされていた方なんだそうです。

そんな先生のもとで学んでいた主人と、先日、シンデレラについて考察する機会がありましたので、まとめてみました。
こういう考え方もあるんだな、くらいの軽い気持ちでご覧ください。

※目が見えない方についてや足が悪い方についての記述がありますが、西洋文学でそういう風に捉えているとする研究もあるんだよ、ということで書いていますので、実際にしょうがいをお持ちの方が云々ということではありませんのでご了承ください。不快に思われそうな方は閲覧をご遠慮ください。


はじめに必ずこちらをお読みください。
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まず、グリム版のシンデレラには、鳥がたくさん出てきます。
西洋文学における「鳥」とは、端的に言うと「魂(肉体を持たないもの)」だそうです。
渡り鳥は季節などによって長距離を移動し、そしてまた同じ場所に戻ってきます。それを繰り返すことから、あの世と現世を行き来する存在=肉体を持たない魂、神の使いを表すそうです。

だから例えばグリム童話とかで「鳥」が出てくる時、それは死を暗示することがあるのだそう。
つまり「鳥に変身=死んじゃった」「鳥が使いとして現れてどこかに案内する=死後の世界へ連れて行く」という風にもとれるんだそうです。

さて、それを踏まえてシンデレラについて考えてみます。
グリム版シンデレラにおける鳥とは何を表すか。
おそらくシンデレラは自分の意思で鳥を動かしている「鳥使い」、もっと極端に言うと鳥は「シンデレラ自身」なのではないかと思われます。
物語の冒頭の方で継母がシンデレラのことを「みにくいガチョウ」みたいに言うセリフがあるのですが、鳥ってはっきり言われていますね。

表向きの話は、シンデレラは実母が死に、その後やってきた継母とその子2人にいじめられますが、裏設定として、シンデレラは実は継母に殺されているのではないかと考えます。継母が自分の子どもに旦那の財産を継がせようと思ったら、当然前妻の子は邪魔なわけですし。
一言で言うと、シンデレラの話は、あの世からシンデレラが継母に復讐する復讐劇ではないかというのが、私と主人の考えです。

ところでなぜ「灰」なのか。wikipediaの「灰」の項目にも書いてありましたが、灰は「死(燃え尽きている状態)と再生(火がつきやすい状態)」を表すんだそうですね。
だからシンデレラ=灰=死んでいる状態(=鳥)とも考えられる。
また、グリム童話には、「この世の不条理に打ち勝つために、あの世の力(一回死んで生き返る)で解決する」という流れの話が多い。

鳥は死後の世界とこの世を行き来する魂の存在、つまりシンデレラがあの世から復讐のために鳥になって継母のいるこの世に来たというのが話の裏設定と考えると、筋が通るかなと。いろいろと検証が必要な部分はありますが。

なおダンスシーンは「まわる」を表しているので、そこが物語のターニングポイントなのかも。(以前の記事参照

ちなみにラストでお姉さん二人が両目を鳥に(シンデレラに)えぐられますが、これはお姉さん二人の死を意味していると思われます。

死後の世界は、生きている人間には見えません。
逆に、こちらの世界が見えない人=あちらの世界を見ている人ということで、西洋のお話では目の見えない人は死者という扱いで使われることもあるそうです。
(たとえばラプンツェルの王子も、目が見えていない状態の時は死んでいることになるのだと思われます)
グリム童話などの表現で、「“小”人」のように「目に見えにくい」ものが出てきたら、それはあちらの世界(死後の世界)から来ている人(むこうの世界の力を持ったすごい人)、という意味で使われることもあるそうです。
(あと、水陸両用の存在も……これはいずれ別の機会に書きます)
また、死後の世界・生者の世界はお互いに目には見えないが、音なら聞こえる、という考えもあるそうで、お葬式で賛美歌を歌うのは、音なら死後の世界にも届くから、といった意味合いもあるんだそうです。

それともうひとつ。
シンデレラといえば靴(グリム版では金の靴)ですが、グリム童話を含め、西洋のお話では「足」が重要なんだそうです。
「足」の話については研究されている方が下記の本で詳しく書かれておられるので、興味のある方はぜひ。

グリム童話 冥府への旅(著者:高橋吉文)
(著者の方は、主人の恩師の方と仲がよかった方だそうです)

簡単に言うと、足に怪我をしていたり、杖をついていたり、3本足だったりするのは、すごい力を持ったスーパーマンなんだそうですね。
だからシンデレラのお話で、階段で靴が脱げる=足がもげている=スーパーウーマンと考えられるのかなと思います。

ところで、主人の恩師いわく、グリム童話における「赤い足」というのは、法王を表すんだそうです。
法王は伝統的に赤い靴をはいています。ちなみにお亡くなりになると赤い服をお召しになります。キリスト教で赤は殉職の色を表すそうです。
(これもいずれ別の機会に書きたいと思いますが、西洋文学における赤=緑=金は、あちらの世界を表すそうです)
しかし、それ以上のことを聞く前にその恩師の方がお亡くなりになられてしまわれたので、それがグリム童話の中でどういう意味を持って使われているのかは残された僕らが考察するしかないね、と、主人が申しておりました。


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